ままここmamacoco

アラフィフにして、フリーランスに転向したHSP女は果たしてフリーとして生きていけるのか?

ボキャブラリー貧困な自称グルメ女子の、絶対にテレビ局で採用してくれないであろう食レポのレポ。

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ここはとある地元で有名なカフェ。

 

パンケーキが美味しいというお店の情報を仕入れ、友人を誘ってランチに訪れた。

今どきのカフェらしく落ち着いた木を基調とした内装。週末ということでお客でごった返す中、しばらく待って4人掛けの席へと通された。

メニューをめくり、わたしは期間限定のポルチーニ茸を使ったクリームパスタを選び、友人は店の売りであるパンケーキもセットになったハンバーグドリアを選んだ。

とりとめのない会話で談笑していると料理が運ばれてきた。

湯気のたった料理が目の前に並ぶと、腹が鳴って笑った。

 

ポルチーニ茸のパスタは絶品だった。

彼女もハンバーグドリアをこれ美味しいよ!と笑顔で食べた。

 

問題はここから起こる。

 

わたしは食べながらメニューを開いた。どうしても食べたくなったスイーツがあったのだ。

はじめはやめようと思い、注文せずにいたが、やっぱり我慢しきれずに注文することにした。

 

「このスフレください」

 

スフレ。

 

パンケーキが有名な店だったが、どうしてもスフレが食べたくなったのだ。

 

スフレ。

 

この柔らかな語感にある種の憧れがあったのだ。

 

 

数年前になるのだが。

生活に困っていたとあるひとりの主婦が、スフレの店を出したいと、有名な店へと修行に出て奮闘する番組を見たことがある。

その時にわたしは初めてスフレなるものを知った。

その番組によると、スフレを焼く、というのはなかなか難しいらしい。ふんわりと厚みをもって、器から盛り上がるように焼きあげるのが職人のなせる技で、何度も何度も師匠におそわりながら焼くそのスフレは、焼いても焼いても形が崩れ、膨らまずにいた。

そして最終日に近づき、やっと焼いたスフレがふんわりと盛り上がり、ギリギリで合格点を取ったのだ。

ふんわりと器からふくれ、ふるふるとふるえるそのスフレは、それはそれは美味しそうだった。

 

そうか、こんなに苦労して焼き上げられるスフレなるものは、至上の風味を持ち合わせ、天にも昇る気持ちになるに違いない。

 

--焼きあがりまでに20分かかります。

 

メニューに載せられているその1文が、いやにも期待を盛り上げる。

食事がおわり、頼んだ紅茶を飲みながらスフレを待つ。

友人とのたわいない会話で待っている間もまったく苦にはならなかった。

 

中年の人当たりのいいウエイトレスが、ニッコリと口元に笑みを浮かべ、「お待たせいたしました」と、盆の上に載せて運んできたそれをうやうやしくテーブルの上に置いた。

 

これだ。

 

ふんわりと盛りあがり、粉砂糖で表面を化粧されたスフレは、ウエイトレスがテーブルに置いた小さな振動で、ふるふるとゆれた。

 

横にはスフレにかけるらしいソースが添えられている。カスタードのソースだという。スフレは盛り上がっているので、どこにソースをかければいいのか悩んだ。

 

「このスフレはどうやって食べたらいいの?」

 

ウエイトレスに訊ねると

 

「お好みですが、少し真ん中を食べていただいて、そこにソースを掛けて召し上がっていただければ……」

 

なるほど、と思い、まずスプーンをスフレの真ん中に差し込んだ。

表面は少し固く、サクッという心地よい音とともに中へとすべり込む。想像以上にトロッとした生地がスプーンに乗ると、それをまず口の中へと運んだ。

 

「ん?」

 

わたしはしばらく口をもぐもぐと動かす。友人が、わたしの感想を聴こうと身を乗り出してこちらをじっと見ている。

 

「うーん」

 

「ね、どう?どんな味?」

 

ちなみに察しのいい方はお気づきであろうが、友人もスフレのなんたるかを知らない。

 

わたしはソムリエばりに口の中の食べ物を分析しようとしていた。

それから、そうか、ソースをかけてみようと、ソースをかけて、さらに一口食べた。ふたたび口をもぐもぐと動かし、その正体を見極めようとする。

 

そして一言、出たセリフがこれである。

 

 

 

 

「生焼け?」

 

 

いや、おそらく生焼けではないと思われる。ただ、想像ではもっと小麦粉の生地感があると思っていたのだが、生地は想像以上にゆるく、言葉が悪いが生焼けと感じたのだ。

 

 

 

「は?」

 

 

 

友人もスプーンを手に取り、スフレに突っ込む。スフレのかけらをひとつ、口に運んで口をもぐもぐ。

やはりしばらく黙りこんで口の中の物体を検証していた。

 

 

「うーん。なんだろう?食べた事のある味なんだけど……」

 

添えられたソースを掛けて、さらに二人で食べ進める。

 

甘い。

甘かった。

 

甘くて美味しいことは美味しいのだが、その味を表現する言葉をボキャブラリー貧困な二人は持ち合わせていなかった。

 

そしてしばらくして友人が目を見開いた。

 

「わかった!」

「なになに?」

 

 

 

「昔手作りして失敗したプリン!!!」

 

わたしは手を打った。

 

「ああ!蒸しすぎてスが立ったプリン!それだ!」

 

そうだそうだとわたしたちは納得し、表現できたことにとても満足した。

 

……とりあえず、この二人には一生テレビ局から食レポがくることはないであろう。

 

 

 

 

わたしの想像していた、天にも昇る気持ちの食べ物になり得なかったことが大変悔しいのだが……。

 

憧れのスフレ。

 

いや、きっと世界のどこかに、一口食べただけで天にも昇る気持ちになれる、わたしの憧れのスフレがあるに違いない。