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アラフィフにして、フリーランスに転向したHSP女は果たしてフリーとして生きていけるのか?

自分の気持ちがモヤモヤした時、相手に対して「箱」に入っていないか?『2日で人生が変わる箱の法則』ブックレビュー

読書したらアウトプット(byアウトプット大全)ということで、ブックレビュー。

 

 

今回は、ざっとレゾナンスリーディングで読んだ一冊、『2日で人生が変わる「箱」の法則』のブックレビュー。

 

 

コーチングの師匠がオススメしていた一冊だったので早速入手。

世界中の人がこの考え方を身に付けたら、争いはなくなるかもしれない、そんな一冊です。

 

相手を人としてみるか、物として見るか

ひとはなぜ争うのか?相手をみくびった行動を取ったり、卑下したり、相手と対等でない場合に争いは起こる。

 

まずひとつめ。相手を物としてみるか、人としてみるか

 

相手は自分をどのように見ているかを敏感に感じとる。

どのように言葉を発して、どのような戦略でことに臨んでいるかで、人を判断しているのではなく、どのように見ているか、がまずベースにある。

 

自分の部下とのやりとり、相手を自分のいうことを聞くべき存在(物)としかみていなかったり、人として認めていなかったりしないだろうか。

 

相手はそれを肌で感じとる。自分を下に見ており、人としての尊厳を微塵も感じなければ、事業がどうであれ反発を感じるものだ。小さなことでもお互いに反発をし、ちょっとしたことですぐに言い争いになる。

 

子供と接するときは、それがあからさまに現れる場面ではないだろうか。親は子どものことはえてして下に見がちだ。

 

自分のいうことを聞く存在であると信じると、子どももそれを敏感に感じとる。自分の尊厳を認められていないことはどんな小さな子でもわかる。

 

それがエスカレートすると相手を人として見なくなってしまう。親も、子も。親の立場で、子を物としか見なくなると、それが虐待やいじめという状態になる。

 

視点の位置をまず感じとる

相手を下に見る、上に見る、ということは少なからずあると思う。

相手が天皇陛下だったり、そこまでいかなくても社長や部長というと上にみてしまうし、自分よりできが悪いとなると下に見る、というのは日常の中で自然と行われていることではないだろうか。

 

そのようなすぐに自分に影響がでない相手から、すぐに生活や暮らしに直結する、家族やクラスメイト、職場の人間だと、深刻だ。

 

 

 

「箱」という思想

相手を見下げていないだろうか。

相手を必要以上に上に見ておもねっていないだろうか。

 

この本ではそんな状態を「箱」に入っているとする。

ニュートラルに、対等な立場であるときを「箱の外」にいるとする。

Aさんとの間では対等に話しているものの(箱に入っていない状態)、Bさんに対しては見下した態度を取り、またCさんに対しては、こびへつらっている。

そのような状態を「箱」があるとする。

 

それはお互いにあり、もちろん相手側からも同じことが言える。

 

自分を下に見られているな、上に見られているなと感じたら、相手との間に箱が存在するのだ。

 

4つの箱「優越」「当然」「体裁」「劣等感」

そこには自己正当化が関わっていて、それぞれ「優越」「当然」「体裁」「劣等感」と四つに分類している。

 

「優越」と「当然」は相手を下にみて箱に入っている状態。

「体裁」「劣等感」は相手を上に見て箱に入っている状態。

 

それぞれ、感情がともなう。

 

苛立ち、無関心、侮蔑的な気持ち、があれば(優越)、相手を下にみていて、

自分には権利があり、恵まれないと憤慨する(当然)

無力感、ねたましい、憂鬱と言った気持ちの時は(体裁)、相手を上に見ている。

その時、不安、圧力を受けていると感じたり、圧倒された感じを受ける(劣等感)

 

感情が揺れ動いていると感じたら、自分の気持ちがこのどこかに当てはまらないか確認するといい。

 

「箱」を自覚する

「箱」がそこにあるかないか。

 

著者によると、家庭内の対立、職場での対立ばかりではなく、世界の対立も同じひとつの原因から起きているのだそうだ。

ストーリーの中で主な登場人物に、アラブ人のユースフと、ユダヤ人のアヴィが出てくる。

言わずと知れた対立した民族同士である。

そしてこのふたりは互いに相手側の手によって父親を亡くしている。

そんな深い傷を負っているのに、一緒に事業をやっているのだ。どうやって力を合わせたか、対立する親と子を和解させたか……。

 

箱の中に入っていないか

 

それがチェック項目だ。

 

箱から出るプロセス

最後に箱から脱出するプロセスがある。

 

第一ステップ、箱の特徴に気づく。

他人を非難したり、恐れたりすること。

 

心が平和な時ではなく、相手と敵対しているときに心で感じるものだ。特定の相手と対峙した時に感じる感情を観察する、のがまず第一ステップ。

 

第二ステップ箱の外の場所を見つける。

箱の外では、敵対的な感情や差別的な感情、正当化されたいという気持ちは湧いてこない。

 

多くの対立する民族ではみな箱の中に入って向き合っている状態。箱の外の場所を見つける努力が必要だ。

 

 

第三ステップ、状況を改めて考える

敵対していた人々に対して違った見方ができるようになる。

新たに状況を考え直す。そのために下記のような質問をする。

 

・この人や、この人々の難題、試練、重荷は何か

・私や私のグループが、その難題や苦しみをどのように相手に対して増大させているか

・私や、私のグループが、この人やグループをどんなやり方で蔑ろにしたり、虐待してきたか

・私の優越、当然、体裁、劣等感などの箱が、どのように他者と私自身についての真実を見えなくし解決を妨げているか

・この人やこのグループのために私はなにをするべきか

 

 

第四ステップ、行動を起こす。

相手にしてあげたいと思っていることをする。

 

人を物として見てきたとしても、見方が変われば違った行動をするようになる。

今までしてあげたいと思ってもしなかったこと、自分の気持ちに素直になり行動に移す。

 

こうすれば、争いの只中にいても心の平和を取り戻すことができる。

 

他人を人としてみること。

今見ているものをそのまま受け入れ、進んで行動すること。

それができれば、世界中の争いはなくなるのかもしれない。

 

まとめ

箱を脱出し、箱の外に止まり続けるため、NOPE(NO)と言おう、と本は結んでいる。

 

ざっとなので、この世界の中でも大きな民族間

の対立、アラブ人とイスラエル人の二人がどのように敵対意識を乗り越えたのかの詳細を、実はわたしは読み取れていない。

 

この大きな課題を乗り越えた手段らしいと感じた時、体をぞくっとした感覚が襲った。

 

ただこの大きな対立も、小さな身近なイザコザも根っこは一緒だという。

 

「箱」の存在をまず自覚すること、そして相手に対して自分がどのようなことをしてきたかを客観的に見つめ、本当に相手にしてあげたいことをする(行動)。

 

コロナの時代、感染の恐怖からこの箱に入ってしまう人も多そうである。

 

「箱」から出た時、本当に相手にしてあげたいという気持ちを解決する手段を考える作業は、さらにその先に設置する必要がある。

 

自分の気持ちがモヤモヤした時、相手に対して「箱」に入っていないか、見つめるワークとしてオススメの一冊。